『読売新聞』1面にあるコラム「編集手帳」に、親鸞聖人のことが掲載されていました。
2月8日が衆議院選挙の投票日であったため、その前々日の6日の朝刊です。寒波が到来する時期、首元を温めて投票に行ってほしいという文脈の中で、親鸞聖人が登場しています。
親鸞聖人という方は、今から850年ほど前に京都に生まれ、35歳の時に何の罪もないにもかかわらず流刑に遭われました。現在の新潟県である越後へ島流しにされ、その5年後に関東へと向かわれました。40歳過ぎから関東で20年間布教され、還暦・60歳過ぎに、ふるさとである京都に戻り、最後は90歳でそのご生涯を閉じられた方です。
京都の冬は「底冷え」と言われるほど寒く、新潟は言うまでもなく豪雪地帯。関東布教の地であった茨城県もまた、冬の寒さは厳しかったことでしょう。当時は現代のような暖房設備もありません。親鸞聖人は常に首元を冷やさないよう、襟巻きをして布教に回られていたようです。
そのため、親鸞聖人の肖像画は必ず温かそうな襟巻きをされています。これを見た室町時代の一休和尚は、次のような歌を詠んでいます。
襟巻きの あたたかそうな 黒坊主 こやつが法は 天下一なり
親鸞聖人が常に真っ黒な墨染めの衣を着ていらしたことを、「黒坊主」と表現し、一休和尚は「この方の教えこそが天下第一である」と、その素晴らしさを正しく見抜いていました。さすがは禅宗の一休和尚、分かっていることは分かっている。やや滑稽な表現の中に、最大級の尊敬の念が込められています。
ミリオンセラー『なぜ生きる』が問いかけるもの
この一休和尚が絶賛した親鸞聖人の教えを明らかにしているのが、書籍『なぜ生きる』です。この本は、令和8年2月末に100万部を突破し、ミリオンセラーになりました。なぜ、これほどまでに多くの人に読まれているのでしょうか。
それは、一休和尚が言う「天下一の教え」がこの本に説かれているからであり、それはまさしく「なぜ生きる」の答え、すなわち「生きる目的」「生きる意味」が明示されているからに他なりません。
本書の二部構成のうち、一部の5章には重要なテーマが掲げられています。
生きる意味を知って働く
高市首相の「働いて働いて働いて働いて、働いてまいります」というフレーズは、令和7年の流行語大賞にもなりました。働くことは非常に大事なことです。しかし、同時に辛く、しんどいことでもあります。
働いても働いても、苦労や悲しみばかりで、報われない思いを抱えることも多いでしょう。ですが、「生きる意味を知って働けば、苦労も悲しみも報われる」。このことが『なぜ生きる』の中にはっきりと記されています。
定年退職後の「心の穴」と向き合う人々
『なぜ生きる』の読者感想集には、現役で働いている方や、人生の節目を迎えた方々からの切実な声が寄せられています。特に、60歳前後の定年退職を迎えた方々からの感想が非常に多いのが特徴です。
寄せられた読者の声(抜粋)
定年退職して家にいると、家族から粗大ゴミ扱いをされる。家族のために一生懸命働き、嫌な上司にも頭を下げてきたのに、このモヤモヤはどうすればいいのかと思っていた。この本を読み、スッキリした気持ちになりました。
(愛知県 60歳 男性)無我夢中で生活しているうちに還暦を迎えた。これからどのようにしていけば、悔いのない残りの人生を過ごせるだろうかと思っていた矢先に、この本にめぐり会いました。今後、この本を教科書として有意義に暮らしたい。
(青森県 60歳 女性)自分は何のために生きているのか? 社会の役に立っているのか?自信を失っていた時にこの本を購入した。1回、2回と読むうちに心も穏やかになり、これからの人生に役立つと確信している。(山口県 62歳 男性)
人生の最終章での出会い。目からうろこです。わが人生の再出発(2度目の青年を目指して)の必読書である!
(埼玉県 60歳 男性)仕事一本に生きてきた。ときどき読み返しながら、反省もし、自覚もし、希望を持って生きていきたい。
(鹿児島県 61歳 男性)主人のリタイアで二人して『たそがれて』いました。何もすることがない主人を見ていて、これが生活なのかと虚しくなりました。題名を見た瞬間に『読おう!』と決め、毎日何度も読んでいます。友人や姉にも贈りました。
(京都府 62歳 女性)
このように、一生懸命に生きて苦労を乗り越えてきた人々が、仕事が終わった途端に「何のために生きているのか」と、心にぽっかり穴が開いてしまう現実があります。
仕事は「手段」であって「目的」ではない
実は、この「心に穴が開いた状態」はチャンスでもあります。これまでは生きるために夢中で仕事に打ち込んできました。仕事をしなければ生きていけないのですから、それは大変結構なことです。しかし、仕事が終わった今こそ、残された命を何に使うか、人生を振り返る絶好のチャンスなのです。
『なぜ生きる』を読み、本当の生きる意味を知れば、これまでの人生がすべて意味のあるものだったと気づかされます。そして、これからの人生で何を目指すべきかがはっきりします。
本書には、社員研修を15年間務めてきた佐藤英郎氏の言葉も引用されています。
ある人が、こう嘆いたというのです。
先生、私には居場所がないのです。どうしたらいいでしょう
定年退職後、会社以外に自分の居場所を見出せず、現役時代と同じようにスーツを着て家を出るものの、行く場所がなく公園のブランコに乗って時間を潰し、夕方に帰宅するという「笑うに笑えない例」も少なくないと言います。これは、仕事が人生のすべてになってしまい、自分という存在を、仕事以外で認識できなかった結果です。
「仕事はあくまでも、生きる目的を達成するための手段である」ということに、多くの人が人生の半ばで気づかされる。これを現代では「ミッドライフ・クライシス(中高年の危機)」と呼んでいますが、実は洋の東西を問わず、古くから言われてきたことです。
ダンテは、有名な『神曲』の書き出しで次のように綴っています。
人生の旅のなかば 正しい道を見失い 私は暗い森をさまよった
生きる意味を見失い、どちらに出口があるのか分からない、人生に光が見えない状態を「暗い森をさまよう」と表現したのです。まさに、生きる目的が分からない苦悩を適切に例えています。
「嘘の世の中」で見つける真実
一休和尚はまた、次のような歌も残しています。
今日ほめて 明日悪くいう 人の口 泣くも笑うも ウソの世の中
人生を歩んでいくと、何もかもが嘘っぽく、虚しく感じることがあります。
ある大手企業の専務にまで上り詰めた方は、現役時代には1000枚以上の年賀状が届いていました。しかし、定年退職した翌年、届いた年賀状はわずか十数枚だったそうです。
その時、彼は愕然としました。「みんな、俺自身ではなく『専務』という肩書きに年賀状を出していたのか」と。そこで初めて、「かりそめではない俺自身の価値は一体何なのか」という問いに目が向いたのです。
また、人生を列車に例えた話があります。
- 20歳までは「各駅停車」
- 20歳を過ぎると「準急」
- 30を過ぎると「急行」
- 40を過ぎると「特急」
- そして、50を過ぎたらどうなるか。それは「新幹線」ではありません。
「ブレーキの壊れた弾丸列車」です。
50を過ぎると、あとは死に向かって一直線に、猛烈な速さで時間が過ぎていきます。何をして過ごしたか思い出せないほど速く、ブレーキの壊れた列車のように死へと突っ込んでいく。その事実にハタと気づいた時、考えざるを得なくなります。「俺の人生、一体何のためにあるんだ」「残りの人生、何のために生きるのか」
この世の嘘や虚しさに飽き飽きした時こそ、真実の幸福、本当の幸せに目を向けるべき時なのです。
親鸞聖人が示された「本当の幸福」
仏教とは、2600年前、生・老・病・死という四つの苦しみに悩まれたゴータマ・シッダールタ(お釈迦さま)が、王の位も安穏な生活もすべて捨てて、6年間の厳しい修行の末に真実の幸福を発見し、私たちに教えてくださったものです。その仏教の真髄を明らかにされたのが親鸞聖人です。
一休和尚が「こやつの法は天下一なり」と最大級の尊敬を払ったのは、親鸞聖人の教えこそが「人が生きる目的」をズバリ教えられているからです。
親鸞聖人の主著である『教行信証』には、このように記されています。
大悲の願船に乗じて 光明の広海に浮びぬれば 至徳の風静に 衆禍の波転ず
「大悲の願船」とは、すべての人を救いたいという阿弥陀仏の大きな慈悲によって造られた船のことです。この船に乗せていただいたとき、人生は「光明の広海(光り輝く明るく広い海)」に浮かびます。
それまでは、どこに陸があるのか、どこに救いがあるのか分からず、暗い海を必死に泳いでいた。しかし、この船に乗せていただいた時に、「このために生まれてきたのだ」とはっきり分かります。
それは、最高の幸せの風(至徳の風)が静かに吹き、諸々の災いの波(衆禍の波)が喜びに転じる世界です。煩悩(欲、怒り、妬み)は無くならないまま、その苦しみが喜びに転じる「煩悩即菩提」「転悪成善」の幸せです。
これを、親鸞聖人は「不可称不可説不可思議(言葉にすることも、説くことも、想像することもできない)」な、絶対の幸福であると仰いました。
不可称不可説不可思議の功徳は 行者の身にみてり
そんな不思議な幸せが、体いっぱいに満たされる世界があるのです。
結びに:天下第一の教えを学ぶ
一休和尚が称賛せずにはいられなかった親鸞聖人の教え。それは、単なる理屈ではなく、私たちの苦労も悲しみもすべてが報われる「生きる目的」を明らかにするものです。
『なぜ生きる』という一冊の本には、その素晴らしい世界が示されています。「何のために生きるのか」という問いに、これほど明らかに答える教えは他にありません。ぜひ、多くの方がこの教えに触れ、本当の幸せを味わっていただきたいと思います。
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